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マイクは左手

ステージで輝く彼らは

ドリアン・グレイの肖像観劇

9/5 12時30分 新国立劇場にて

中山優馬主演舞台「ドリアン・グレイの肖像」観劇してきた。

 

観に行いった人たちのツイートを読んだら行きたくなってしまって、ガムシャラ特別公演の時と同じくギリギリになってからチケットを探した。

見つかってよかった…

 

凱旋公演ということで、劇の内容や感想、考察などを既に見聞きしている状態での観劇。

自分の中でハードル上がりすぎてて大丈夫かな?集中できるかな?

という不安は始まってすぐになくなった。ピアノを弾くドリアン(中山優馬)があまりにも美しかったから。

 

 

 

私なんかが中途半端に語るのも良くないから詳細には書かないけれど、とにかくドリアンが美しかった。迫力がある美しさで圧倒された。

 

途中、ピアノを弾くドリアンを怪しげな人々がこれまた妖しいダンスを踊りながら囲むというシーンがあるのだけれど、これが一番印象的で目に焼き付いている。

 

なんていうのかな、どう表していいのかまだ分からないけれど、一番ドリアンというある種の狂気を全身で纏った人間を表しているシーンだった。

 

ドリアンは人間で、そして普通に暮らしているのだけれど、やっぱり普通の人間ではないわけで。浮世離れしているというか別の世界で生きているというか、そんな怪しげな雰囲気と圧倒的な美で人を狂わせるのがドリアンだと思う。

 

そんな自身に酔わされていて、自分を自分で制御出来ない(翻弄されているのが?)というのが私が感じたドリアン。

 

 

このシーン、私はまさにドリアンの妖しく危険な美に魅了されていた。

 

 

物語の要であるドリアンの肖像画が舞台の真ん中に大きくあるのだけれど、ドリアンに変わって年老いていくその肖像画がとても怖かった。

初めにその年老いた肖像画を観た時は「ここまで醜く恐ろしいのか」と衝撃を受けた。

本当にただただ怖い肖像画だった。

 

 

初めて中山優馬を観たわけだけれど、優馬を観たというより「ドリアンを観た」という方がしっくりくるほどに、あそこにはドリアンが確かに存在していた。

 

 

また優馬の演技を観たい、そう思った。