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マイクは左手

ステージで輝く彼らは

好きなのかどうか

関ジャムを毎週わりと見ている。

ゲスト次第で見たり見なかったり、流しながら見たりもするのであまり内容は頭に入ってはこないので微妙だけれども。

そして見るたびに自問自答する。「私は大倉が好きなのかどうか」

 

 

 

今年の4月まで関ジャニ∞のファンをしていた。

元々友達がエイターというのもありなんとなく好きで、puzzleあたりから本格的に好きになり横山裕のソロコンで関ジャニ∞のファンになった。(実は私が初めて行ったコンサートは横山裕のソロコン)

当時は櫻井と嵐が好きすぎて、ほぼ嵐を盲信しているような状態で。だからか掛け持ちする事にどちらに対しても罪悪感があり、関ジャニ∞のファンの名称である「Eighter」は名乗れず、「準Eighter」を名乗っていた。

 

そんな私が最高潮に関ジャニ∞を好きだったのは8周年の∞祭や8ESTの頃。熱狂的に好きで好きで、毎日大倉の事を考えて生活していたが、冷めていったのはこの8周年のお祭り騒ぎが終わった9年目に入った頃から。

 

私が好きな関ジャニ∞関ジャニ∞が目指す関ジャニ∞にズレがある気がして、そのズレが常にチラついて。コンサートに行っても8ESTを超えるコンサートとは思えず、口を開けば文句しか出てこなくて。

こんなこと書いたらエイターに殴られそうだけど、JUKEBOXでいいと思った曲は1曲。関ジャニズムでは1曲もなかった。

それから「ファンとの距離が近いということを履き違えている」のが私の中で一番嫌だった。それは違うと何度言いたかったことか。本人たちの希望なのか、周りの大人たちの方針なのかは分からなかったけれど、とにかく嫌だった。

 

こんな状態でファンを続けるのがしんどくて、でも降りようかと考える時に必ず浮かんだのは「今までどのグループより圧倒的にお金と時間をかけてきた」「ここで降りるのはもったいないな」ということ。これを考えてしまうとなかなかファンを辞めるという決断が出来ずにずっと悩んでいた。

 

悩み疲れていた今年の4月、関ジャムがスタートし初回放送を見ていたときにふと「ああ、私は関ジャニ∞のコンサートに行きたいのではなくて、あの熱狂的に好きだった頃のコンサートにもう一度行きたいのか」と気付いたらあっさりとファンを辞められた。

 

 

そう、確かに辞めたのだ。辞めたがまだこの話にはまだ続きがある。

 

辞めた直後は、それまで自分で踏みとどまっていたくせに清々しい気持ちでいた。が、時間が経つにつれよく分からなくなってしまった。

大倉ってやっぱりかっこいいな…好きだなあ…好き?まだ好き?好きなの?あれ?

 

 そして話は冒頭に戻る。「私は大倉が好きなのか?」

 

お金を出してCDやグッズを購入し、年会費を払いFCを継続させコンサートに行きたいのか。

そう考えるとファンではないなとは思う。でも果たしてそれに当てはまらないとファンではいられないのか。

 

関ジャムで大倉を見ると、やっぱり好きだと感じる。

大きく口を開けて笑うところが好き。ビジュアルが好き。声が好き。少し拗ねたように言い返すところが好き。そこに存在するだけで好きで胸が締め付けられて切なくなって苦しくなるぐらいに好き。

 

好きだけどファンは辞めたし、戻りたくない。

ファンを続ける熱量はないけれど、一般人にしては好きのサイズが大きすぎる。かといってDDスタンスで応援も出来ない。

 

考えているといつも頭の中でこんどう。さんの言っていた好きの残像と言う言葉がぐるぐるする。でもだってと心の中で繰り返して何かと葛藤する毎週日曜深夜、一体いつまで続くのか…

そう思いながらまた月曜日を迎える。

 

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